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日本一の鼻緒職人



それは日本で唯一の花緒だった。



上質な本印伝、
芯縄には、これまた上質な本草を使い
横緒は極細、前緒は通し壷。
これだけでも相当な技術が必要なのだが、

驚くべき事は

履いたときに、左右の柄がぴたりと繋がる「履き合わせ」というつくり。



雪駄から入った自分は、当初、鼻緒には全く興味が無かった。
ただ自分の気に入った柄であればそれで良いといった具合。

だんだん雪駄のことが分かってくると、鼻緒の存在がいかに重要かが分かってきた。

鼻緒の選択により、履物はがらっとその表情を変える。
いくら台が素晴らしいものでも、鼻緒が駄目なら全て駄目に見えてくるから面白い。

それだけ鼻緒には力がある。

自分が鼻緒に興味を持ち始めた頃、ふと疑問に思った事があった。
それから、鼻緒の職人さんと話す機会があれば必ず聞くようにしている。


この鼻緒(極細緒)はつくれるのか?


しかし返ってくる言葉は、

「出来ないなぁ。」
「不可能だよ。」
「厳しいね。」
「無理だよ!!」
「返せないでしょ?」
「狭くて通せないよ。(通し壷)」
「本草は切れるからなぁ~。」
「麻紐、手に入んのかな?」
「鹿革、印伝が手に入らない。」
「牛(ギュウ)ならあるよ!」(・・・コラコラ!)

等々。

ますますこの鼻緒の凄さが分かってきた。
細かいところを良く見てみると、
全てにおいて完璧なつくりをしている事が分かって来た。

足にフィットするように横緒は綺麗なアーチを描いている。
更に前壷は男仕立て。
返しも完璧で、横緒の表面が滑らかだ。
中に詰っている綿の量と入れ方、これがまた絶妙。
縫いも綺麗に一直線。

そして傷が全く無い。

幅1cmの世界の芸術。

全てにこだわり抜いた本物の職人がつくった鼻緒。
素人が一見しただけでは、絶対に分からない。

直接足にあたる部分だけに、鼻緒は雑なつくりだと、足や雪駄に大きな問題が生じる。
痛い、履きづらい、格好悪い、形が崩れる、すぐ壊れる。

それがこの鼻緒には全く無いのである。
吸い付く様な履き心地。
既製品にはない素晴らしい感触。

友人が、ちょっと履かせてよと言ってきたのだが

その時漏れた言葉が

「あ・・・すげー履きやすい・・・。え?何これ?すげー!!!」

であった。

辛口、毒舌でブイブイ言わしてる彼も認めざるを得なかった・・・。



●鼻緒の作り方

鼻緒の製作手順は大まかに分けると以下のようになる。

1:生地の図柄を描く
 通常、生地の図柄を鼻緒職人さん自ら描くと言う事は無いが、
 日本一の鼻緒職人さんは自ら描いた図柄の生地を持っていた。
 後日、筆者の一番のお気に入りの鼻緒がそれだと知って驚きを隠せなかった。

これが日本一の鼻緒職人さんが描いた図柄の生地で鹿縞(シカシマ shikashima)と言う。
本印伝みたいな華やかさはないが、この直線のみの素朴な柄が
鼻緒になると凄い存在感をかもし出す。
個人的には、本印伝の鼻緒よりこういった素朴な柄の方が好きだ。
色は茶色と緑と黒の三色があった。画像のものは黒。
良く見ると線の1本1本の輪郭が綺麗な真っ直ぐではなく、若干デコボコしているが、
これこそ「わびさび」と言うもの。
線の1本1本は絶縁テープを貼って原版を作った。

2:鼻緒に使用する生地を選ぶ 
江戸妻の場合は横緒の表に二種類の生地を使う。
色使いにより印象が変わるため色彩感覚を要する。

鼻緒に使われる本印伝の生地。※本印伝=鹿革に漆をのせたもの。※ふすべ革という、鹿革を燻したものもそれだ。
日本全国探しても、これより上質なものは無いと断言出来るほどの素晴らしい本印伝の生地。

3:裁ち(タチ tachi) 
つくる鼻緒の細さに合わせ生地の裁断をする。

 今は機械でプレスして裁つのが主流。
 昔は全て手作業で、裁ち専用の木の定規と革包丁で一枚一枚裁っていた。
 裁ち専門の職人さんもいた。

裁断後の前緒と横緒になる生地。短いのが前緒、長いのが横緒。

4:革漉き(カワスキ kawasuki)
 革すき専用の機械を使い革の厚みを均一にそろえる。

5:生地の縫い合わせ
 生地を裏返しにして直線で縫う。
 丸鼻緒と呼ばれる一枚の革をぐるりと一周させた鼻緒、
 2枚の生地を使った高原の鼻緒や3枚の生地を使った江戸妻等、難易度は様々。
 
 使用する糸の種類、太さ、縫い目の細かさも決まっている。
 履き合わせと呼ばれる鼻緒をつくる場合、左右の鼻緒の柄が
 履いた時に繋がらなくてはならないない為、予め計算するので、非常に神経を使う。


これが履き合わせ(ハキアワセ haki-awase)と呼ばれるつくりの鼻緒。
履いた時に両足の鼻緒の横緒の柄が繋がる。
素晴らしい逸品。

6:返し 
裏返しで縫った生地を表に返す。
 生地により力加減も様々で、返す時の動きが重要。
 この返しが一番難しい。
 下手な職人がやると生地の表面にシワが出来、また傷もつく。


これが返しに使用される道具。※職人により違いがある。





世界初公開。




6´:返せない生地の場合
 空縫いを行い、手縫いする。 


7:芯通し 
ここまで来ると、鼻緒(横緒)の形になってくる。
ボール紙、綿、芯縄(本草)を紙で包み、横緒の中に通す。
この芯通しも難しく、下手な職人がやると生地の表面にしわがよったり、デコボコしたりする。
また、返しもそうだが、履き心地に直接影響してくる。
ボール紙は綿を綺麗に入れるのと、形を決めるために使う。
日本一の鼻緒職人さんは、極僅かでも生地表面に何らかの不具合が生じれば、全て抜いてやり直す。


芯に使われる材料。
ボール紙、綿、芯縄(本草)、それらを包むための茶色い薄紙、


芯を通した(左)、横緒(右)。
※前緒は本草紐のみ通してある。



これが芯縄に使われる本草で栃木県で作られている。
素晴らしい艶なのがお分かり頂けると思う。
撚っていない平たい部分が足に当たる部分。
左が横緒用、右が前緒用。

8:通し壷(トオシツボ toh-shi-tsubo) 
前緒を横緒に通す為に横緒に切り込み入れる。
幅1cmでこれをやってのける。
 

研究の為、筆者がばらした鼻緒の横緒の通し壷切り込み部分の画像です。
この様に横緒の中を通る前緒の事を通し壷(トオシツボ toh-shi-tsubo)と言います。
他には中通し(ナカドオシ naka-dohshi)中抜け(ナカヌケ naka-nuke)切り付け(キリツケ kirituke)、引き通し(ヒキドオシ hikidoosi)と言ったりもします。

9:前緒を通し、縫い合わせる。
 予めつくっておいた前緒を横緒に通し、縫い合わせる。
 このとき非常に需要なのが前緒を横緒に対し水平に付けなくてはいけない。
 前緒が曲がって付いていると履いている時に横緒がよじれてしまうからだ。
 

前緒を横緒に通し、縫い付けた状態。通し壷(前壷)になった。

10:前壷の形を決める。男仕立て 
 両手の親指の爪で線を入れる。
 男仕立てと呼ばれる実に男らしいつくりを、幅1cmの横緒でやってのける。
 木槌で前壷を叩き形を決める。
 職人のセンスが問われる非常に重要なポイント。
 この前壷の形が悪いと全てが台無しになる。
 日本一の鼻緒職人さんは幼少の頃、絵ばかり描いていたので父親に筆を取り上げられたと言う。
 鼻緒職人になっていなければ画家になっていたのではないかと言うほど絵が上手だったらしい。
 美的センスも前壷の形を決めるのに重要な要素だ。


接写にも耐える完璧なつくりの前壷。

10´:横緒の形を決める。 
履いた時に足の甲にフィットするように横緒をアーチ状にする。

絶妙なアーチを描く横緒。
吸い付くような履き心地は全てを完璧につくり上げた上で、このアーチを描き出す事により成立する。
当然、鼻緒を挿げる職人さんの腕も試される。

12:前巻き(マエマキ maemaki)
 出来上がった2本(一足分)の鼻緒を束ねる為、前緒に紙を巻く。
 この紙の事を「前巻き、花巻き」と言う。
 この前巻きにブランドネームの印を押す。
 通常、職人さんがお店に鼻緒を納める時、前巻きには何も押されていない状態だが、
 日本一の鼻緒職人さんは印を押す事もあった。

前巻き。これだけ素晴らしい鼻緒をつくっても製作者の名を入れる事は出来ない。
そして、









      堂々完成




             



鹿本天鼻緒
写真の鼻緒、二本所有していたのだが二本とも友人の誕生日に雪駄に挿げて贈ってしまった。
この鼻緒が雪駄に挿げられた時、その存在感に圧倒された。
雪駄の表の色がそうさせるのか、黒くビッと引き締まったその姿は鹿縞とはまた違ったオーラを放っていた。



鹿本天が自分の手元から消えた後日、
鼻緒屋に、もうその鼻緒が無い事は分かっていたが足を運ぶ。
探してみるが、やはり見つからない。


ああ、あの鹿本天もう手に入らないよな・・・。


と店を出ようとした時、視線を感じ、本能的に振り向くと、
数えれば千は下らない鼻緒の群の中に、黒い一角が目に入った。

視線の正体が気になるので、確認しようとおもむろにそこに近づいた。


数箱に分けられ整然と並ぶ黒い列を一瞥しつつ、
一つの箱の中からそれとなく一本だけ抜き、手に取って作りを見た。





?!・・・・!これ・・・!




・・・それがそうであると、確固たる気持ちになったりもするが・・・間が空くと、「・・・いや。」
と、それらが何秒かごとに入れ変わる。
・・・なにかぼやけてる、自信のあまり無い確信から、
買うには買うのは確実なんだけど、確証を得たい。



この店に初めて来たとき、好奇心のあまり気になった鼻緒を手あたり次第触っていた俺は、
その持ち方で結構キツイ洗礼を喰らってしまい、若干のトラウマを残していて、
いつ見ても神経質そうな雰囲気をまとっている今だに声が掛けづらい、
釣り銭をもらう時、百円をシャク円と言ったその社長に、
少し弱気になりながらタイミングを伺い、
そのチャンスを

今だ!

と感じた瞬間、

俺は決して、
離れ様の無い、合わさって一体となりオーラを放っている鼻緒全体を掴む事は無く、
それでも汚れないよう指の腹で柔らかくつまんだ白い前巻きと、
横緒の下から伸びた美しく結ばれている艶のある麻紐のこぶを利き手で、
本体ごと落としてしまわない無い様しっかり保持し、
至極丁寧に社長に

「この鼻緒なんですが・・これって・・」

と、見せると、
艶のある茶色の、しかしシミも目立つその手で、
何も言わずすんなりと鼻緒全体を慣れた手つきで丁寧に鷲掴みにし、
金縁のメガネの綺麗に磨かれた目が大きく見えるレンズ越しに
それを凝視したまま沈黙する。

気の早くなっていた私は、
時間にして4~5秒だったと思うがそれがやけに長く感じられ

・・・そろそろいいか。と感じ、畳みかける様に切り出した。

「これってあの人のですよね?!!」


・・・そう言って欲しいから。
そして判別、次に断言する流れを誘おうとした。
完全にこちらの思惑通りになるはずだ。



・・・昔、この店で数十本の鼻緒を買った時、
はやる気持ちを抑え家に帰り、それが入った箱のふたを開けて見ると・・・

そこには、
前巻きが全て外され前緒が完全にばらけている状態の鼻緒達が、所狭しと鎮座ましましていたのだ!!

その事に激怒した私は、酒をしこたま呑んでから抗議しに行った。

・・・掛け合いの最中、
とても綺麗な店の若女将から


「もう、あんたには売らないから。」


と言われ、

俺は、
いつも、飽きてしまい半分までしか見れない映画の寅さんが乗り移ったかの如く、

「それを言っちゃあ~おしめぇ~だよッ!」


と、カブレにカブレ、
ギャグで使う時以外は全く出番の無い、
代表的な粋な江戸弁のフレーズを言い放ったボンボンの生粋の山の手っ子に、




「まぁあんたも江戸っ子みてぇだから」


と、間に入られ、
そのチャキチャキの生粋の江戸っ子の社長の一言に舞い上がってしまった事がある。





・・・その憧れの江戸っ子は、
曇り一つないピカピカのレンズ越しに黒い鼻緒を訝しげに見たまま
少ししわがれた声で、



「どこにあったのこれ???・・・まだあったんだ?・・・よく見つけたね。」



と、あくまで端的に、
こちらが想い描いた入念なストーリー展開をすっ飛ばし、



日本一の鼻緒職人が作った、
「黒い硬派な江戸前の、悪の匂いがする男前の鹿本天」を私に返したのであった。

               


続く。


全使用写真:日本一の鼻緒職人さんの鼻緒

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雪駄塾 塾長

Author:雪駄塾 塾長
mail:settajyuku2@yahoo.co.jp
phone:050-5435-1973

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◇花緒一覧 特注製作等
◇過去に製作した雪駄
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