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◇雪踏直し(雪駄直し)

江戸時代から雪踏直しは「なおしーなおしー」と発し、市中を歩いて廻っていましたが、昔も今も雪駄は高級品で庶民が普段履くものは下駄や草履や藁草履でした。

雪踏直しは革の鼻緒から裏革(革底)まで、すべて履物の破損を直す。江戸の雪踏直しは直すだけ、格好は肩から籠を掛けて笠を被り、さらにその下には頬被りをしていた。京阪の雪踏直しは直すだけでなく新品の雪駄も売っていた。

この絵の一番左に座っている人が雪踏直しの長五郎で、浮世絵だけに今の写真と同じくらい写実性が高く、細かい道具も正確に描かれています。
雪踏直し長五郎
江戸の雪踏直し長五郎の左手には前緒が切れた二筋花緒の雪駄、道具箱の中は金槌、くじり、大はさみ、ノコギリが見えます。足元は釘が入った容器が見えます。江戸の雪踏直しは「でいでい」と発し市中を廻り、大阪などは「なおしーなおしー」でした。ちなみに真ん中の奴さんは阿古木源三郎と言う人物。「あこぎな野郎だよ!ったくよ!」の語源のあこぎさんです。

◇大阪と江戸の雪踏直しのスタイル。

2020.6.24追記
[大阪の雪踏直](原文)かくのごとく跡先を箱になしたるもあり。または前を箱。跡をたんすにこしらへたるもあり。前後ともにたんすばかりたるもあり。江戸と大いに異也。渡辺といふ処より出る。市中をあるくに直しゝといふ。

(現代語訳)図の様に前後を箱にするものがある。または前を箱で後ろを箪笥(たんす)型(きりやの文字の入った箱)にしてあるものもある。前後とも箪笥型もある。江戸とは大きく異なる。渡辺と言う所から出てくる。街中を歩きながら「直し直し」と言う。

[江戸の雪踏直](原文)かくのごときなりにて大阪とは大いに異なり市中をあるくにデイデイ引とよびてあるく。そは手を入れようといふことなるよしきけり。銀鶏按にデイデイは家にはいらず土間に居て直すと云ことにて泥居(デヰ)泥居と云義にあらずや。しばらく後人の説をまたん。

(現代語訳)図のような格好で大阪とは大いに異なり、街中をデイデイと言いながら歩く。「私は手入れをして直します」が短くなり、更に訛って「手入れ手入れ→ていれていれ→でいでい」と言うのでは無い。銀鶏按(本文献)はデイデイは家に入らないで泥で汚れている土間に居て直すから、泥居泥居=デイデイではないだろうか。そうに違いない。
2020.6.24追記

参考文献:平亭銀鶏 作 「浪花襍誌 街廼噂(まちのうわさ) 4巻. 秋」天保6 [1835] 
原文解読参考文献:畑中敏之 著/雪駄をめぐる人びと 近世はきもの風俗史

筆者所感
大阪の雪踏直しの愛嬌のある顔が良いです。私はどう考えても大阪の方の性格だと思います。
お笑い好きだし、さっぱりしてる。逆に江戸の方はスカシちゃってます。
2020.6.24追記 本稿を書いていて気付いたのですが、江戸の雪踏直しの立ち姿の足の八の字の揃え方が筆者製作の雪駄を撮る時の配置と同じで、全く意図していなかっただけに不思議な事もあるものだなと思いました。

2020.6.24追記

冒頭の浮世絵の雪踏直し長五郎と江戸の雪踏直しの格好が同じです。

天を睨みつけるその眼(マナコ)が、いかにも歌舞伎の見切りを思わせます。
雪踏直し長五郎 (歌舞伎演目/夢結蝶鳥追より)

当時の雪踏直しの所作は、この夢結蝶鳥追のなかにこう描写されています。

雪踏直しの拵らえ、古き笠を冠り、番手桶を掲げて出で来り、四辺へ水をまき台の上へ坐り、籠の中より道具をだし仕事に掛かる。
 
とある。



さてさて、そんなこんなで時は江戸時代からワープし、雪踏直し(雪駄直し)、下駄直し、下駄の需要がなくなって「靴直し」に至り、そして路上の靴磨きが日の目を浴びる令和に突入します。

おっと、ワープしすぎましたね。時計を逆廻りにしませう。

◇下駄直し(明治期)

下駄直しは磨り減った歯を新しい歯に取り替える仕事である。鼻緒の挿げ替えもする。
必要な道具は、鉋(かんな)、鑿(のみ)、金槌(かなづち)で、それと歯板、鼻緒などを箱に入れ、風呂敷に包んで背中に担ぐ。
あるいは自転車や箱車に積んで回る。

歯板はブナ、カシ、ホウ、カツラの四種類があり、さらに小利休、利休、中歯、高下駄と、下駄の高さに応じてそれぞれに異なる。
歯板は四枚一組であるが四枚別々にあるのではなく切り目が入っており四枚目で切り落とした板状になっている。

歯の入れ替えはまず、歯板を四枚に切り離す。
そして、下駄の溝の幅に合わせて鉋で削り、本体の溝に入れ込む。そして本体からはみ出ている部分を落とし、鉋で綺麗に削る。
いわば簡単な作業のようである。けれどもこの歯板を削るのにかなり技術を要した。


「簡単なもんやて」て、わたい、こう言いましたけど上手下手あるんだっせ。下手な人に入れてもうたら、じきに、歯抜けてしもて。
木ィ乾いてきたら、高下駄なんかやったら、ちょっと日和続きで雨降って履こ思たら、ストーンと抜けまんねん。
見た目にはわからしまへんけどな。
そやから、その歯を、よう、たたいてから入れまんねん。ちょっと固いぐらいのをグッと入れて。そやってに、簡単なことやけど、コツが要りまんねんで。
(1914年生まれ、男)


下駄直しの営業形態は三通りある。一定の場所に「店(軒先を借りる)」を構える。また、「なおしー」とふれ歩いて注文を取って回り、一定の場所で仕事をする。
もう一つは歩き回りながら、よびとめられた場所でするというやり方である。

「店」を構えて仕事をする人は、雨が降っても仕事ができるので比較的安定した収入を得る事が出来る。しかしこの形態は少ない。
歩き回る人たちが圧倒的に多かった。

また得意先が重ならないように一定の「縄張り」があった。これを「得意持ち」とも称した。

この下駄直しに子供を奉公に出す事がある。この子供の事を「回り子」と呼ぶ所があり、「回り子」は紐一本を持ち「なおーし、なおーし、下駄なおーし」とふれて回り、
出された古い下駄を紐に通して親方の元に運ぶ。
そして修繕した下駄を得意先へ配達するのである。
奉公は一つに口べらしであり、同時に技術修繕の修得の機会であった。







上記写真の下駄直しの方々の道具箱は、先述の江戸時代の大阪の雪踏直しの箪笥型ですが、
全員大阪の人かは定かではありません。
下駄直しに箪笥型ばかりなのは鑿(のみ)や鋸(ノコギリ)、鉋(かんな)を多く使うからでしょう。
つまり刃物類をしまうのには必然的に木の箪笥型が安全で合理的だった事は容易に想像がつきます。

下駄直しの道具

写真中心上:束になっているのは鼻緒の前緒。右上が下駄の歯。

明治期スタジオで撮影された下駄直しの方の写真。道具類が鮮明に分かる。長崎大学より


ちなみに私は雪踏師なので刃物類は巾の狭い革包丁くらいしか使いません。忘れていました、竹心を作る為に竹を切る鋸もです。金物類はとんかちとくじり。ですので雪踏だけなら江戸のトートバッグ型(籠)で十分なのは分かります。

ここで、気付いたのですが、江戸時代の大阪の雪踏直しは下駄直しも兼ねていたと思います。
と言うのも道具箱に箪笥型と箱型の二種類を持つ、もしくは箪笥型のみ、箱型のみを使う事がありましたが、箪笥型のみは実は下駄直しだったと考えられます。
なぜなら「きりや」の文字は下駄の材料「桐」からとった看板や屋号と解釈できます。
明治期の下駄直しも全く同じ箪笥型ですし、雪踏を直すだけで箱型にしては大きすぎで、下駄の歯(板)を入れなければあんなに大きな箱は不要です。
大阪(関西)の合理的な気質も考えると、そうであったに違いない。
そもそも大阪と江戸の雪踏直しが描かれている文献:「街廼噂」自体が大阪の雪踏直しは下駄直しも兼ねていた事を知らなかったか、下駄直しも一緒くたにして雪踏直しと記したかもしれない。
大阪では箪笥型と箱型が混在していたのを見ると、そう解釈するのが合理的で辻褄も合います。

話が少しそれましたが、下駄直しの道具箱には移動がしやすい様に車輪が付いているものもあります。


◇靴直し

靴直しは大正半ば以降盛んになり、靴の普及に伴い下駄直しも兼ねながら、そして時代とともに靴の需要が増え、靴直し専門にと言う人も現われ始めました。

靴修繕の主な作業は踵の打ち替えである。磨り減った踵を削り。新しい皮を打つ。釘で打ち付ける場合は比較的簡単であるが、糸で縫いつけるのは相当な技術を要した。


以前、皮革関連の本を出している方からご連絡を頂き、何やらフランスかどこかの学会で雪駄塾からの情報を挟んで発表されるとの事で、「これで良い?」と、資料を沢山送ってくれました。ありがとうございます。前もって言っていただけたので気持ちが良かったです。

そして、その中に大変興味深い写真が載っていました。

こちらです。凄く古い、靴直しの道具箱と道具。
靴直し道具箱
何故、これが気になったかと言うと、私が雪駄を作る時の道具箱と似ているからです。
2020.6.24追記 先述した大阪の雪踏直しの図の道具箱の箪笥型の名残があります。2020.6.24追記

雪駄の作り方もそうでしたが、最終的に行き着く所は先人達と同じ工法とか道具になるみたいで、すごく時間がかかりましたが自分のやって来た事は間違っていなかったとホっとしました。

なのでこの道具箱とほぼ同じ物を使っているのが嬉しかったです。

「やっぱりこうなるな」と。

道具については当初あれもこれもと沢山持っていましたが、次第に厳選されていき、また自分で作ったりして洗練され、振り返ると随分と少なくなったなぁと思います。

いかに無駄な物が多かったか。
私は部屋で作っていますが、行商するなら尚更道具数は少ない方がいい。

ただ、持ち物もそうですが、余計なものを一切持たない主義なので逆に削りすぎていざという時「あ!持って来てない!!」なんて困った事もありました。


次は靴直しの方のお写真。なんとも素敵なスタイルでカッコいいです。
靴直し

そう言えば靴磨きの本を買いました。今でこそ路上の靴磨きの方達は、その人本人の努力もあり、また時代もあり、日の目を浴びテレビでも特集を組まれていますが、そのお仕事の源流は雪踏直し/下駄直し~靴直しだったのです。

◇看板も兼ねた車輪付き道具箱。
大正年代の大阪の履物直しの道具箱。車輪がついていて移動に便利。下駄直しの車輪は健在!

2020.6.24追記 先述した大阪の雪踏直しの箪笥型に明治期の車輪付き(二輪)からコンパクトで合理性が高く、安定感抜群の四輪の履物全般直しの道具箱へ進化!2020.6.24追記

筆者はバイクと車が好きで、上記の様なロールキャブ型の車輪付き工具箱を持っています。ちなみにMAC TOOLS製です。



「お洒落は足元から」「足元見られる」 
私も雪踏師の端くれとして雪駄を作っているのでやはり足元に目が行きます。上物(上着など)が良くても靴が駄目だったら全部駄目に思えてしまい、逆に靴が良いと「何者だ!?」と言う具合に想像を膨らませ、その人まで良く見えてしまいます。


最後にこちらです。①綱貫沓(つなぬきくつ、つらぬきくつとも呼ぶ)
綱貫道具
この靴(沓)は農業や山の仕事をする人が履いた皮で出来た靴で非常に丈夫で便利であった。しかし、ゴム靴、地下足袋などの普及により昭和初期ぐらいには姿を消していきました。


雪駄考54:なおしーなおしー、下駄直しー、靴直しー 2020.4.3 . 以上

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雪駄塾 塾長

Author:雪駄塾 塾長
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