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ここでお世話になった師匠達にお礼を申し上げます。

お仕事中にも関わらず、写真を撮らせて頂いたり、お話を聞かせて頂き
本当に感謝しております。

本当に有難う御座います!

※公平を規す為と、言いたい事が言えなくなる恐れがある為、
  お店の名前は一切出さない事にきめました。

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さて、今まで書いてきたコラムですが結構手直ししてます。
例えば伝説の籐表の年代が30年以上前ではなく、70~90年前と判明したり
それが銚子で作られていた事が判明したり。
その他、相当手直ししてるので頭から読み直して見てください。

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思えば筆者の雪駄人生は18歳の終わり頃から始まりました。

幼少の頃は母が買ってきた色付きの下駄をたまに履いていました。

初めて自分で下駄を買ったのは小学4年か5年頃だったと記憶しています。
近所の履物屋さんで、当時1500円位の黒の鼻緒に桐の普通の下駄でした。
そこには雪駄もおいてあり、すごく欲しかったのですが
その時一緒にいた母が「あれはヤクザが履く物だから駄目!」と言ったのを覚えています。

その雪駄はビニール製の物だったのですが何故か少年の目には神々しく映りました。
それから何度か、ショーウィンドウ越しにその雪駄を見に行きました。
金色のトランペットをガラス越しに見つめる黒人の少年のように・・・。

次の下駄は(又下駄か・・・!)中学生1年の頃、母が突如、誕生日プレゼントに
買ってきた、これまた普通の黒の鼻緒に桐の下駄でした。
しかしその下駄には黄金の前がねがついていて感動したのを覚えています。

その下駄は今も履いていますが磨り減り方が左右で違う為そろそろ新しい
下駄を買おうかと考えています。

そして18歳の終わり頃に念願の畳表の雪踏を手に入れました。
その雪駄は、訳あってもうありませんがとても気に入ってました。

それから雪駄の事はずっと頭にあったのですが、何故か買う事は無く
アディダスやプーマのイボ付きサンダルを愛用していました。
このイボイボが最高に気持ち良いのですが、埃やゴミが間にたまるのが
嫌でした。高圧の水流で一気に汚れを落とすのが日課になってました。
しかし、履いているとそのイボが根本からポッキリ折れてしまうのです。
そうなるともう履く気は無くなります。
わざと、すぐ折れるように作ってるのか、本当に腹立たしかったのですが
良く考えてみると体重があるので
致し方の無い事と諦めました(現在体重83kgまだまだ減量中)。

それからブランドブームが発生し、やれプラダだ、ヴィトンだ、グッチだと
高くてブランド物なら偉くてオシャレみたいな風潮が若者の間で蔓延しました。
御他聞にもれず私の友人もみな一様にそれへ右へ倣え。

ためしにブランド店を数点まわりましたが・・・・

「・・・・・・・・あ!?なんだこりゃ・・・・・・・・・・・・!!??

そこらへんで売ってるような安物の普通のビーサンが
ブランドの名前が入ると数万円!


・・・・・・・ブチッ!(花緒が切れる音)

「日本人を舐めんじゃねー!こっちにゃ雪駄があんだよ!」

と一人で店員に向かってブヂギレていました。

そこで、ブランド物のサンダルに対抗すべく、やたら高い雪駄を
探しまくりました(結局、お前もおなじやないかい!)。

が、しかし、最初に出会ったお店のご主人がやたらマニアなお方で
その話を聞いていく内にどんどん雪駄&鼻緒道に引きずり込まれました。
馬鹿高い雪駄を、誕生日に友人からプレゼントされ
それを履こうにももったいなくて履けず、大事に家にしまっている次第です。

とにかく今は雪駄研究に没頭しています。

近々、凄い雪駄が完成しますので乞うご期待ー!

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雪駄塾 塾長

Author:雪駄塾 塾長
mail:settajyuku2@yahoo.co.jp
phone:050-5435-1973

◇雪駄 べたがね 補修部品
◇花緒一覧 特注製作等
◇過去に製作した雪駄
◇雪踏の語源~雪踏と雪駄~

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